ウクライナを巡るロシアの対応は侵攻準備なのか(歴史背景)

Views: 85

 2021年12月29日現在、ロシアが1月にもウクライナに侵攻しそうだとして報道されている。果たしてこれは事実なのかを情報に基づき説明して行きたい。

 表の歴史では1980年代に始まったゴルバチョフのペレストロイカと呼ばれる政治体制の改革運動がソビエト連邦(以下ソ連)を崩壊させたと言われているが、これは事実では無い。
 
 ソ連を崩壊させたのは欧米の工作であった。オレンジ革命と呼ばれているが、これはジョージア(グルジア)がオレンジワインの伝統的な産地であることに関係している。
 既にソ連国内にはユダヤ血脈の反政府組織が西側のユダヤ人を通じて組織されていたが、組織行動をする為の通信と資金が不足していた。それを補完する為にソ連の崩壊に向けてフィンランド・エスポーに本社を置くノキアの販売員の身分を得た工作員がジョージアの拠点から出発したのである。実際に工作員は携帯電話をソ連国内の反政府組織に販売し、資金を提供した。なぜ、ノキアの社員なのかと言えば北欧は中立的な国とのイメージがあり、ソ連内で携帯電話を販売しても疑われる可能性は低かったのである。

 そしてソ連国内の工作がある程度進展した際に、西側の一部の人物とソ連指導者であるゴルバチョフがモナコでヨット内会談を実施し、ここでゴルバチョフは現状を認識し、ソ連崩壊を阻止出来る手段は無く、仕方がないと言う事でソ連を崩壊させる西側の案を呑んだのである。
 1991年8月24日、ゴルバチョフはソ連共産党書記長を辞任し、同時に共産党中央委員会の解散を勧告、8月28日、ソ連最高会議はソ連共産党の活動を全面的に禁止する決議を採択、1991年12月最初で最後のソ連大統領であるゴルバチョフの辞任でソ連は崩壊、その後は独立国家共同体という旧ソ連加盟国で結成した国家の連合体となった。

 ソ連崩壊前に、西側とゴルバチョフは「崩壊後、西側は旧ソ連内に勢力を拡大しない。」という口頭の約束をしていたが、約束は破るためにある。との例え通りに、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアがEUに加盟した。実態は西側が取込んだのである。

 そしてロシア大統領プーチンは、「崩壊後、西側は旧ソ連内に勢力を拡大しない。」と約束した西側が約束を破った事を知っているのである。
 現在のウクライナを巡る情勢の中でロシアとしての動きは西側が仕掛ける事を想定したものである。
 だからこそ最近のゴルバチョフはロシア通信等のインタビューで、NATOの東方拡大を「冷戦に勝利したという米国の思い上がり」の結果だと批判している事が理解出来るはずである。

 以降は、ウクライナを巡るロシアの対応は侵攻準備なのか(現状)について書きたいと思う。

Follow me!

コメントを残す